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兵庫県、尼崎市と伊丹市の 心霊 スポット ?【 猪名寺廃寺跡 】と【 御願塚古墳 】について

 
【 猪名寺廃寺跡 】と【 御願塚古墳 】について

皆さん、今日は 心霊 にまつわるお話です。
兵庫県の尼崎市と伊丹市の【 猪名寺廃寺跡 】と【 御願塚古墳 】という場所をご存じでしょうか。

今日はそんな【 猪名寺廃寺跡 】と【 御願塚古墳 】の 心霊 にまつわるお話をお伺いしたので
ご紹介させていただきます。

 

移動している落ち武者の 心霊 目撃情報がある

これは、私が聞いたことがあり実際に目撃した事柄なんですが、
兵庫県の尼崎市と伊丹市の間を移動している落ち武者の目撃情報のお話です。

かいつまんで説明しますと、
猪名寺廃寺跡は、織田信長勢による荒木村重の居城の攻略のために焼き払われた寺で戦国時代の戦場の一つでした。
そのため、昔からこのエリアは落ち武者の目撃情報及び、
兜を身につけたサムライの亡霊の目撃情報が意外にも多いんです。
そのうえで、私が体験したのが移動していると思われる落ち武者の目撃談です。

 

猪名寺廃寺跡から御願塚古墳まで距離にすると1.4キロ

猪名寺廃寺跡から御願塚古墳までは移動距離にすると1.4キロです。
この距離については当時の戦国自体であれば、
余裕で移動できうる距離であるため、
猪名寺廃寺跡から御願塚古墳まで亡霊と言われている落ち武者が移動してもおかしくはない距離だと言えます。
そのうえで、私が亡霊が同じ人物ではないかと感じたのが顔の表面にやけどのようなものがあったうえ、
兜をかぶっていなかったので、おそらくながら、
猪名寺廃寺跡に戦国自体の際にいて戦ったどちらかの武者ではないかと思います。
だから移動距離にして1.4キロという距離ですが、
移動すること自体は当時の戦国時代の方々の運動能力であれば
可能ですから目撃情報が移動している点については私自身は納得しています。

 

心霊 スポットとなりえる理由はやはり戦争

猪名寺廃寺と御願塚古墳が心霊スポットとなりえるのはやはり戦争だと思います。
と言いますのも、御願塚古墳については、
李徳天皇という人物のお墓であるとされていたので、
戦国自体当時天皇家のお墓を焼き払うということはできないため、
戦争によって敗れた側が移動して逃げてきてもおかしくないです。
そのため、伊丹寺というお寺も鎌倉自体までに存在していたんですが、
現在では廃墟になってまして、こっちは割とミステリーで国から指定された文化遺産であるとなっているにもかからず、
正式名称がわからないお寺で何をしでかして戦争で放火をされたのかわからないんです。

 

猪名寺廃寺跡と御願塚古墳の 心霊 スポットの場所

猪名寺廃寺跡と御願塚古墳の場所ですが、
猪名寺廃寺跡は尼崎市猪名寺1丁目31の法園寺内というお寺の中にあります。
なお法園寺は、入室が許されるエリアと許されないエリアがあり、
森のほうへの立ち入りは危険であるということで立ち入り禁止エリアになり、
この立ち入り禁止エリア側の森の入り口ら辺で落ち武者とか鎧を着ている武者の目撃情報があります。
そして、森に入っていくと二度と帰ってこれなくなるというようなうわさがあるから、
地元の人は武者を見つけた場合、後を追わない、お寺の方にその事実も話さずにスルーするということです。
というのも、お寺の方もおそらくですが、武者の目撃については恐らく知っていると思います。

それほど有名な怪奇現象なうえ、私自身両者の場所で目撃したことがありますからね。
ちなみに私が目撃したのは夕方でなんでお寺の跡地に用があったのかというと
お寺の跡地の清掃作業をするために移動していて森のほうを見たら見たわけです。
御願塚古墳については、兵庫県伊丹市10番地にある古墳で私の自宅があるほうになりますので、
普通に会社から帰る際、自転車に乗り8時くらいに移動していたら古墳の天辺あたりにある社のような部分に
もたれかかっている落ち武者を目撃したというわけです。

 

兜をまとっている鎧武者は目撃情報によると目が光っていたという目撃情報がある

猪名寺廃寺跡と御願塚古墳に現れる武者の中で兜をまとっている鎧武者については
目撃情報において目が光っていたという目撃情報があり、
その目を見ると吸い込まれるように猪名寺廃寺跡のほうでは
立ち入り禁止の森の中に入っていくという噂のほか、御願塚古墳側であれば、
社に吸い込まれるように入っていくといううわさがあり、
御願塚古墳側側は無事に社に吸い込まれるように入った人物は生還して帰ってくるといううわさがあります。

これについてはですが、おそらく、場所がおそらくターニングポイントで、
御願塚古墳側は天皇陛下が眠る場所ですから、
お侍さんはそうした場所では何らかのアクションを起こさないのではないでしょうか。
逆に、猪名寺廃寺跡のほうは信長さんの決戦のエリアですから、
お侍さんは、アクションを起こさねばならず、
そのアクションというのがうわさの通りのアクションなのではないかということです。
そのうえで、猪名寺廃寺跡については絶対に用がある方以外は日中には出良跡を見に行くというのが望ましいでしょう。
絶対に日が落ちてから森のほうには近寄らないことです。
そして、武者が兜付きである場合、全力でその存在をスルーして忘れることでしょうね。
私の場合、運が良かっただけで兜を身に着けている武者を見たことはありませんので
大事ないだけでお掃除をする作業についても顔にやけどがある
落ち武者を2つのエリアで見たことで絶対に日中に終えさせてますからね。

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